2023年9月7日、米株式市場でApple株が連日の大幅安になり、時価総額がわずか2日で約1900億ドル(約29兆5000億円)減ったことが世界のメディアで報じられました。
世界の主要メディアは、「政府機関、政府支援機関、国営企業の職員に海外ブランドのデバイス(iPhone)を業務で使用したり、職場に持ち込んだりしないよう命じた」という中国政府の方針を報じ、その報は日本でもトップニュースとして扱われました。
今回の中国政府の方針は、テクノロジー分野をめぐる米国と中国の覇権争いによって数年前から悪化している米中関係にとどまらず、両国関係が緊迫は中国政府と良好な関係を持つ企業にも大きな影響があるとして、iPhonの使用禁止制限の方針に世界が固唾(かたず)をのんで注視しています。
世界的なインフレや景気後退等によって、携帯電話(スマホ)サービス契約数はここ数年伸び悩んでいる状況にあります。世界34の国・地域でのiPhone 13の販売価格は円安の影響もあり、日本が最も安いと報じられていますが、最高値をたたき出しているのがブラジルです。日本でのiPhone 13 Pro Maxの価格は19万4800円ですが、ブラジルではPro Maxが日本の約2倍の40万8278円になっています。
2019年以降、スマホの世界出荷台数が減少傾向に陥るなか、2023年の出荷台数も前年を割ると見込まれていて、その見込み通り2023年の出荷台数が約12億台前半になった場合、2014年の出荷台数と肩を並べることになります(下グラフ参照)。
この背景にはコロナ禍、ロシアによるウクライナ進行、物価高騰による経済低迷に加え、機能成熟による消費者の買い替え周期が長くなったこと、新機種の価格高騰で買い控える人が多くなったことなど、さまざまな要因が絡み合っているとされています。
販売数の減少トレンドに歯止めがかからない状態に世界のスマートデバイスメーカーは危機感を募らせ、ディスプレスの大型化、折り畳み式のディスプレイ、カメラ機能の高性能化などさまざまな工夫を凝らしていますが、どれも3Gから4Gへ通信規格が進化したときほどのインパクトには欠けるようです。
スマホ市場が苦戦を強いられるなかでも、米Apple(以下 Apple)の利益率が安定している理由は、以下のようなものがあります。
□Appleユーザは競合の機種や低価格モデルに流れにくい
□欧米やアジア圏の若者にとってApple製品を所有することがスターテスになっている
□中古市場でもApple製品が約半数を占めていて人気が高い
□HUAWEI(華為技術有限公司)に対して米国が講じた輸出禁止措置により、HUAWEIユーザがApple製品に乗り換えている
□Appleの新機種の価格上昇がAppleのブランドロイヤルティを高めている
こうした背景もあり、GAFAMの一角をなすAppleの時価総額は、2023年6月末のNASDAQの終値で3兆ドル(430兆円)を突破。終値による3兆ドルの大台突破は“世界初”として報じられました。
約5年前にApple、Alphabet、Amazon、Facebook、Microsoftのビッグネームを合わせた時価総額が約3兆ドルであったことからも、Appleの一社単独での時価総額3兆ドル突破は異次元レベルの偉業といえますが、iPhone、MacBook、iPadなどに代表されるApple製品は今後も圧倒的な強さで顧客から支持され、高い利益率を堅持しながら成長していくと見込まれていました。
ところが、2023年9月7日(米時間)、の午前中だけでAppleの株価は3.34%下落し、その前の週に比べて企業価値が約2000億ドル(約29兆5000億円)減少した報道が世界を駆けめぐりましたが、それら報道記事のタイトルに躍っていたのは「中国政府iPhone禁止」の文字でした。
報道では、中国政府は政府機関、政府支援機関、国営企業の職員すべてにiPhoneの使用を禁止した、とされていますが、でもなぜ中国でのiPhone使用禁止制限がAppleの株価を下げることになったのでしょうか。
Appleは言わずと知れた米国企業ですが、今回、中国が出した「iPhone使用禁止制限」の方針は、「米国・ヨーロッパがHUAWEIの通信ネットワークへの関与制限」や、「米国による中国へのAIチップ輸出制限」「日本・米国、オランダによる対中国への半導体規制」等の経済制裁に対する報復措置とも指摘され、大国の経済衝突によってiPhoneが巻き添え被害をくらったカタチと言えるかもしれません。
iPhoneなどの高価格スマートデバイスを販売するAppleは中国市場で大きな利益を生んでいて、中国国内でも何十万人もの労働者がAppleブランドの世界市場向け製品の製造に従事し、Appleは中国経済に貢献してきました。
その反面、低価格スマートデバイスを販売する国内ベンダーの利益を圧迫する構図が続いていて、経済成長が鈍化・縮小する中国にとってAppleは“煙たい存在”になっていました。そうした中国の思惑を察知したAppleも、“脱中国”とも取れる動きを加速させ、近年はインド、ベトナム、メキシコなどでの製造に力を入れていたのですが、一時的な損失を国家戦術とすることが多い中国は、“煙たい存在”となったAppleを国内から排除する動きにうって出たのです。
福島第一原子力発電所の処理水海洋放出問題では、処理水が放出される前から中国は日本のすべての海産物の輸入を禁止しましたが、こうした極端な措置は「一方的に」「あるとき突然」といったタイミングで行われることが多く、自国の一時損失を掲げることで(被害意識の共有による結託)、中国国内の問題を国民の目から逸らす国家戦術とされています。
今後、こうした中国の常套手段が繰り返され、国際社会から孤立する事態になれば、「窮鼠猫を噛む」のごとく国外企業への攻撃的な動きをさらに強めるのではないか……という危惧も強まっているのです。
Appleが発表した2022年の第1四半期の売上高は約1239億4500万ドル(約14兆2994億円)で、前年同期比プラス11%となり、売り上げと純利益は四半期ベースで過去最高を記録しています[上 世界地図 参照]。
Appleの世界地域別の売上構成は高い順に、南北アメリカ大陸、ヨーロッパ、中華圏(中国本土、香港、マカオ、台湾、チベット)になり、世界3位に位置する巨大マーケットの中国国内では、新型コロナウイルス感染症の影響によって一時供給が滞ったものの、iPhoneの出荷台数は拡大の一途をたどっていました。
さらに、Appleが販売するスマホのなかで最も高価格帯で、最も収益性が高い「iPhone Pro」全モデルの85%を製造しているのが中国河南省の省都・鄭州の工場であり、こうしたAppleの政略からもAppleが中華圏での売り上げ拡大を目論んでいたとしてもなんら不思議ではなく、おおたかの見込みとしてコロナ禍明けには出荷台数が急増し、今後はさらに売り上げが伸びると見込まれていました。
その見込みどおり、2023年第3四半期 (2023年4~6月期) の決算発表では、中華圏での売り上げの伸び率が際立った結果になったのです。
2022年度に“過去最高”の売り上げと純利益をたたき出した好調ぶりから一転、2023年第3四半期の決算発表では、売り上げが伸びた地域と減少した地域に二分されることになったApple。
さらに今後、世界の総売り上げの約20%を占める中国市場から締め出される事態になれば、Appleが大打撃を受けることは必至であり、こうした複雑な事情も手伝い、Appleの時価総額約29兆5000億円がわずか2日で消失することになったのです。
Appleが世界の地域でどれほどの市場シェアを獲得しているのかも非常に興味深いのですが、足下の日本のスマホはどうなっているのかも気にところですね。
世界のスマホ市場と変わらず、日本国内のスマホ市場も縮小傾向にあり、2023年の出荷台数は10年ぶりの低水準になると見込まれています。国内のスマホ市場が踊り場でとどまっている状態は、電気自動車(以下EV)の市場と似かよった部分が多いといえるかもしれません。
下表のように、新機種のスマホやEVに買い替えたいと思っている人はたくさんいるけれど、価格がもう少し手頃になってから……、もっとインフラが整ってから……といった理由で“様子見”をしている人は多いようです。
エンジニアリングワークスでは、「ゆっくり漕ぎの自転車から ジェット機にまで進化! 5Gの“すごい”技術」 、「EVシフト”大変革で、活躍フィールドが広がるエンジニア」 など、これまで配信してきた記事で「EVシフトのいま」や「5Gのいま」をご紹介してきました。
これらの記事でご紹介したデータでは、2020年のEVの普及率は、国内販売台数全体のわずか0.59%(約1万4741台)にとどまっていましたが、EV販売台数の最新データ(2022年)によると1.42%(約3万2000台)となり、わずか2年で倍近い伸びを見せています。とはいえ、0.59%から1.42%へと普及率が上がったものの、自動車市場のなかでEVが占める割合は非常に小さいことに変わりはありません。
EV と同様に、5G仕様の新機種スマホの普及が停滞する国内で、5Gの通信規格が広く普及すれば、企業における組織全体の業務プロセスをまるごとデジタル化するDX(デジタル・トランスフォーメーション)にも拍車がかかるでしょうし、メーカー、サービス業、福祉・医療、インフラ……などジャンルや分野を問わず社会全体が「5G」の恩恵に授かることになります。さらに個人においても、動画コンテンツ、音楽のストリーミング、ネットゲーム、ネットバンキング、IoT、SNSなどのさまざまなシーンで、今までのレベルとは違う高機能なサービスを受けられるとされています。
ここまでご紹介してきたとおり、政治、経済などの複雑な事情により、小国の国家予算に相当する30兆円が瞬時に消失してしまう今だからこそ、技術という共通言語と武器を携えてグローバルに活躍するエンジニアは、世界で発生している経済軋轢や政治的制裁など、地球規模での情報をキャッチしつつ、下記のようなジャンルの基礎スキルは身につけておきたいものです。
・電波や5Gに関するスキル
・ネットワークに関するスキル
・ビッグデータに関するスキル
・DX(デジタルトランスフォーメーション)に関するスキル
・組み込み技術に関するスキル
・セキュリティに関するスキル
・センサに関するスキル
・半導体に関するスキル
いずれも、深くて、日々進化する技術やスキルですが、ジャンルを横断した基礎スキルを養っておけば、いざというときの応用技術への土台になるはずです。さらに、電波、ネットワーク、ビッグデータ、DX、組み込み、セキュリティ、センサ、半導体はそれぞれ個別の技術・スキルではなく、共通・連携する部分が多い技術・スキルでもあるので、ネットニュースなどで「中国政府iPhone禁止制限」の報に触れた際には、技術的視点で報道の裏側にある真実を見抜く観察眼を養っておきましょう。
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