〈バッテリー✕ ITエンジニア〉の〈前編〉 では、リチウムイオン電池のキホンと、次世代型といわれる7つのリチウムイオン電池について解説しました。また、標準的EV、普段使いの軽EV、ガソリンク車、ハイブリッドモデルの航続距離※には、大きな差があることがわかりました。
自動車メーカー、電池メーカーに限らず、業界を横断した企業や組織が連携・競争し、加速するEVシフトによって成長する車載リチウムイオン電池(以下 車載バッテリー)市場での覇者になるため、いままさに世界で激しい開発競争を繰り広げられています。そうしたなか、アジア圏の2つの国が車載バッテリー市場のシェア約78%を占めているのですが、みなさんは2つの国がどこかわかりますか?
そして、ガソリン車、ハイブリッドモデルと比べて航続距離※が短く、その航続距離の短さが課題になっていた車載バッテリーに訪れようとしている新たな動き……。それは、モータリゼーション以来の大転換になるかもしれないといわれている革新的なことなのですが、詳しくは本編で!
では早速、飽くなき探究心でリミットレスの研究開発に携わるエンジニアの英知が、既成概念や既存の常識を覆そうとしている車載バッテリーの“いま”を見ていきましょう。
※航続距離 = フル充電または満タンの状態から空になるまでの最大走行距離
下の円グラフのとおり、2015年と2022年の車載リチウムイオン電池(以下車載バッテリー)の勢力図を比較すると、目下のところ、圧倒的優位を保つ赤で示した中国勢(トータル54.7%)を韓国勢(トータル23.2%)が猛追する状態にあり、両国のシェアは合わせて77.9%に。
今後、著しい成長が期待される車載バッテリーのシェアの上位3社は、中国「CATL」、韓国「LG化学」、日本の「パナソニック」となっていますが、残念なことに日本はパナソニックの7.7%にとどまり、シェアを大幅に低下させる結果に。
また、車載バッテリーはEVの本格的な普及に伴って、爆発的成長を遂げると期待されていますが、車載バッテリーの技術開発や国際標準化などで市場をリードしてきたのが日本の産業界です。中国・韓国勢に押されつつもその技術力は健在で、パナソニックはEV最大手のテスラに車載バッテリーを供給しています。
●1位/中国「CATL」……車載バッテリーで世界トップシェア(2022年)。トヨタと提携するほか、ホンダ、日産とも取り引きするなど各国市場で圧倒的存在感を示している
●2位/中国「BYD」……「絶対王者のテスラに真っ向勝負を挑むBYD」「王座テスラを、BYDがトップの位置から引きずり下ろした」という報道が世界を駆けめぐるなど、EVメーカーとして右肩上がりの成長を遂げている。トヨタと車載バッテリーの供給で協業し、2020年に同社とEV研究開発の合弁会社を設立
●3位/韓国「LGES」……車載バッテリーシェア3位。LG化学の子会社である、LGエナジーソリューション(LGES)は、米GMと合弁会社を設立したほか、ポーランドに大規模工場を持つなどグローバルに展開している
●5位/韓国「SK On」……韓国の財閥SKグループ傘下。世界5位のEV電池サプライヤーであるSK Onの年間売り上げは爆発的な伸びを見せており、5億3000万ドル(2019年/日本円で約742億円)、12億ドル(2020年/同 約1680億円)、23億ドル(2021年/同 約3220億円)。その破竹の勢いから、同社は近い将来世界最大のEV車載バッテリーメーカーになると宣言
創業から短い期間で世界No.1の車載バッテリー企業へと成長し、いまでは約37%ものシェアを誇る中国CATL(Contemporary Amperex Technology Co., Ltd/寧徳時代新能源科技)は、自動車や車載バッテリーの製造に携わる人であれば誰もが知る企業です。
しかし、一般の人にとって認知度が低いのも事実でしょう。それはCATLがB to B(企業対企業取引)の業態であることが大きな理由ですが、創業した2011年の翌年に中国国内で「新エネルギー車」政策が本格化。基本的に中国国内で販売されるEVには中国国内で生産されたバッテリーが100%搭載されるため、政府の強力な後押しもあり、世界の車載バッテリー市場でまたたくまにトップの座に君臨するにいたったのです。
その成長ぶりはすさまじく、創業10年あまりでありながら圧倒的存在感を顕示し、中国国内の巨大企業であるアリババ(阿里巴巴/中国を代表する世界的なテクノロジー企業)や国有銀行を抜き去り、時価総額1位に上りつめることに……。
EVといって真っ先に思い浮かぶメーカーが、CEOを務めるイーロン・リーヴ・マスク氏で知られる世界最大のEVメーカー「テスラ」でしょう。
実は、米国「テスラ」が中国工場での生産を一時停止するとの報道を受け、2022年末にテスラ株が急落したことがありました。このとき「王者テスラをトップの位置から引きずり下ろすか」と対抗馬に持ち出されたのが、バッテリーメーカーとして1995年に創業した中国「BYD」(比亜迪汽車)だったのです。
GAFA に並ぶグローバル企業であるテスラの累計生産台数(〜2023年3月)は400万台超えを記録していて、これほど膨大な台数は、米国(カリフォルニア州、ネバダ州、テキサス州、ニューヨーク州)、中国上海、メキシコでの現地生産によります。今後はドイツ、インドネシアでも生産が開始されることが明らかになっているなど、グローバル化にさらに拍車がかかる勢いです。
一方、中国「BYD」社製のEVはすべて中国国内で生産されている点が、テスラとの大きな違いになります。しかし、国内生産=国内のみの供給ということではなく、BYDのエンブレムをつけたEVバスは今日も世界中を走っています。
また、2024年からは初の完成車の海外工場としてタイでの稼働(年間約15万台)がスタートすることも報じられるなど、タイを拠点に東南アジアや欧州への輸出をめざすBYDは、2025年までに世界販売台数No.1の座に就くことを表明。名実ともにテスラの対抗馬となるか、その動向に世界が注目しています。
すでに、大規模な9つの生産拠点を擁するBYDの中国国内での生産台数は、テスラと肩を並べる400万台に達していて、タイでの生産が軌道にのれば、早晩、自動車業界の人々にとって驚異的数字である“500万台”を超える日もそう時間がかからないかもしれません。この勢いから、野望と受け取られていた「世界販売台数No.1の座」に君臨する日も、あながち非現実的な話ではないかもしれません。
バッテリーウォーズの覇者をめざし、常識を覆す戦法や目標を世界の群雄が掲げるなか、かつて車載バッテリー市場のシェアの半分を握っていた日本も、手をこまねいて戦況を眺めているだけではありません。
自動車メーカー、電池メーカーにとどまらず、金属、鉱業、化学、エネルギー、電気・電機、材料・原料、商社などの業界を横断した企業も続々とバッテリーウォーズへの参戦の意志を示しており、国際競争力強化の動きが加速するなかで巻き返しを図る日本企業の最新動向を、プレスリリースをもとに見ていきましょう。
リチウムイオン電池およびその製造方法の共同研究開発で、経済産業省の「蓄電池に係る供給確保計画」として認定(政府支援)されたGSユアサと本田技研工業(ホンダ)。
両社は、今後、拡大が見込まれる国内でのバッテリー需要に対応するため、高容量、高出力の蓄電池の研究開発および量産に向けた製造技術開発を実施するとともに、2030にかけて順次生産ラインを立ち上げ、量産を開始すると発表(2023年5月8日プレスリリース)。
トヨタ自動車(トヨタ)は、EV向けの次世代全固体電池を2027年までに実用化する方針を明らかに。この次世代全固体電池に搭載した場合、以下3つの飛躍的な機能向上が見込まれる、としている(2023年6月13日プレスリリース)。
●約1500キロの航続距離に延長
現在、市場販売されているEVの航続距離※の目安は、短い仕様の車種で約200~300㎞程度、長い仕様の車種で約400~600程度とされているが、次世代全固体電池によってEVの課題であった航続距離が、ガソリン車並み(ガソリン駆動車の航続距離は500〜600kmから最大1500km程度)に延長することに。※航続距離 = フル充電または満タンの状態から空になるまでの最大走行距離
●約10分での急速充電が可能に
充電にかかる時間はEVの車種によって異なるが、なかには数時間かかるものもあり、急速充電ステーションを利用すれば30〜40分などさまざま。今後、トヨタのEVに次世代全固体電池が搭載されれば、約10分で急速充電ができることに。これは、ガソリン車がガソリンスタンドで給油する手軽さでフル充電が可能となるもので、商用車への搭載にも期待が寄せられている。
●生成AI技術の車載の検討
動くインターネットとも呼ばれるコネクティッドEVが登場するなか、車載OS「アリーン」とAIの活用を次期グローバル量販車の標準仕様にすることで、最寄りのレストランや充電ステーションを問いかけた際に、素早く回答する次世代音声認識技術を車内に標準搭載することが検討されている。さらに、運転者の車両操作を支援するAI新技術を車載する予定。
オムロン傘下のオムロンサイニックエックスは、2050年までにノーベル賞級の研究成果を作り出すAIを開発し、人間のひらめきをサポートするAIを作り、EV向けの次世代全固体電池の材料開発などを支援する考えを明らかにした。
料理を作る動画をもとにレシピを自動生成するAIや、サイズ、硬さなどが異なる食材を的確につかむロボットの開発などを進めてきた同社の知見と、企業や大学と連携して全固体電池の材料開発の高速化に取り組んできた実績をもとに、人力では膨大な時間がかかる素材をすりつぶす作業などを自動化するシステムを、2025年度までに完成させることをめざす(2023年6月15日プレスリリース)。
出光興産は、全固体リチウムイオン二次電池(全固体電池)の普及・拡大へ向け、固体電解質の小型実証設備 第1プラント(千葉県市原市)の生産能力を増強(増強のための改修工事は2024年度内を予定)すると発表。すでに、2023年7月から小型実証設備 第2プラント(千葉県袖ケ浦市)が稼働しており、全固体電池の開発を進める自動車・電池メーカーなどへ同社の固体電解質を着実に供給している。
今後は第1・第2プラントの小型実証設備で製造した固体電解質のサンプルを活用し、自動車・電池メーカーなどのニーズを把握しながら固体電解質の開発を推進することで、迅速に適切な材料仕様を作り上げるという。
また、事業化に向けてはスイス、韓国、米国などグローバルに連携することで、自動車・電池・材料メーカーとの共同の取り組みを強化し、EVや蓄電池などの普及拡大に貢献するとしている(2023年6月20日プレスリリース)。
自動車部品世界3位のドイツ「ZFグループ」と連携する伊藤忠商事は、2026年をめどに積載量1〜2トンクラスの商用EVを国内で売り出すことを発表。
国産の小型EVトラックの平均価格は1000万円を超えるが、伊藤忠は部品のなかで最も高価な電池(車載バッテリー)をサブスクリプション(定額制)にする新たな販売方法により、車両価格をディーゼルトラック並みの500万円台にするとしている。
サブスク料金と充電の電気代を合わせても燃料費よりコストを安く抑えられる点から、運行コストの安さもアピールし、拡販を狙う(2023年6月26日プレスリリース)。
——国境や業界の縛りがないボーダレスな合従連衡によって、目まぐるしい進化を遂げている車載バッテリーですが、忘れてならないのは、「安い」「充電が早い」「いっぱい走る」といった目先のことだけでなく、そもそもEVは環境負荷が低い地球にやさしい乗り物であるという点です。
研究開発に携わるエンジニアは、あらゆる要素、課題を考え合わせながら開発に取り組むことになります。利害とは一定の距離を置き、導くべき方向へ社会を変容させるために、そして、モータリゼーション以来の百年の一度の大転換を支えるために、持ちうるすべての技術という武器と英知を総動員し、バッタバッタと強敵をなぎ倒してほしいものです。
日総工産ではITエンジニアのお仕事も多数掲載中!
「新たな技術フィールドで活躍したい」、「自らの可能性をもっと追求したい」、「エンジニアとしてキャリアアップを図りたい」と考えている皆さんを、全力でサポートいたします。詳しくは「エンジニアワークス」をご覧ください。
採用に関するご相談など、お気軽にお問合わせください。
受付は平日朝9時より18時までとなります。
平日18時以降、土日祝日のお問合わせは翌営業日以降にご対応致します。
engineer works(エンジニアワークス)は、日総工産のエンジニア採用ページです。日総工産には「未経験の方」も「経験を活かしたい方」も、エンジニアとして活躍できる場があります。